2023/04/01

教室便り4月号

教室便り4月号


はじめに

こんにちは、尾山です。あたたかくのどかな日々が続いていますね。

のどかといいつつも、4月は新年度が始まる時期であり、それもあって何かを始めようと動き出す方も少なくないかもしれません。

しかし、産後のゆるんだ状態ではすぐに動き出せないように、春のゆるんだ状態ではすぐに動き出せないものです。

お風呂にはいってキレイサッパリと汚れを落とした後、ゴロンとお布団の上に転がりリラックスしたくなるように……

身体が不要になったものを排泄してキレイサッパリとした後は、一度その場に留まってのんびりとリラックスして過ごしましょう。

1年のリセット期であり、始まりといえる春の過ごし方を侮りませんように。。。


スケジュール

特別なお休みはなく、通常通り行う予定です。


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天上天下唯我独尊

先日うちの安君が、寝起きに立ち上がるとすぐに右指で天を指し、左指で地を指して「んっ」と言いいました(笑)

それにちなんで、今回は「天上天下唯我独尊」のお話をしようと思います。

お釈迦様ことゴータマ・ブッダは、生まれてすぐに7歩歩いて右手で天を指し、左手で地をさして「天上天下唯我独尊」と言ったという逸話が広まっています。

この逸話のように人が生まれてすぐに歩いたり、言葉を発することはないでしょうから、これは噂を聞いた人々がブッダは生まれたときから凄いんだと誇張したのでしょう。

また、たとえ仮にこの逸話のような芸当ができたからといって、ブッダ本人にとってそれはまったく凄いことなどではなく、まったく価値のないことであるはずです。

そのような芸当に価値を置くのは愚者以外の何者でもなく、真実を悟り、世俗的欲求から解放された賢者にとっては、まったくどうでも良いことだからです。

ちなみに、史実的にはゴータマ・ブッダではなく毘婆尸仏(ビパッシー・ブッダ)が誕生したときに発した言葉だったようです。

もちろん、ここでは史実なんてのもまた、まったくどうでも良いことではありますが……

少し調べてみました。

かの玄奘三蔵は、パーリ語では『私は世界で最上の者であり、世界で最勝の者であり、世界で最高の者である。今回が最後の人生であり、再び誕生することはない』というような意味の部分を「天上天下唯我独尊 今茲而往生分已尽」と訳したようです。

『ダンマパダ(法句経)』には次のようにあります。

『(誤った)信心なく、(記憶に基づいて)形成したものではない(あるがまま)を知り、生死の結束を絶ち切り、(生死の)機会を破壊し、欲求を吐き捨てた者。実にその者は最上の者である』
第7章:尊者|97

『戦場において百万の軍勢に勝てないとしても、ただ一人の自分に打ち克つのなら、実にその者こそは最勝の者である』
第8章:千|103

『諸々の覚者は「忍耐と寛容は最高の苦行であり、涅槃は最高(の境地)である」と説く。(忍耐力も寛容さもなく)他者を傷付ける者はまったく出家者ではない。他者を悩ます者は修行者ではない』
第14章:覚者(ブッダ)|184

とあります。つまりブッダは、

  • 欲求を吐き捨て、生死の結束を断ち切り再誕生の機会を破壊したからこそ、私は最上の者であると言い、
  • ただ一人の自分に打ち勝ったからこそ、私は最勝の者であると言い、
  • 涅槃に達したからこそ、私は最高の者であると言った

と解釈するのが妥当でしょうか。

そして、そのように最上で最勝で最高の者のことを一言で「尊い者」としているのでしょう。

重要なことは、欲求を吐き捨て、自分に打ち勝ち、涅槃(安楽)に達することです。


おわりに

『自分にとって無益なこと、悪いことはしやすいが、自分にとって有益なこと、善いこと、それはまさしく最高にしがたい』

ダンマパダ第12章:自分|163

笑、笑、笑、、、泣

我々の何ともしがたい愚かさに打ち勝ちましょう。


以上です。

4月もよろしくお願いいたします。

尾山 広平